2026年後期のNHK連続テレビ小説『ブラッサム』で、染谷将太さんが演じる新進気鋭の若き文士・西尾一路(にしお・いちろ)。そのモデルとなった作家が、尾崎士郎(おざき・しろう/1898〜1964)です。
このページでは、YouTubeチャンネル「スキドラTV」で公開した解説動画の参考資料・出典URLをまとめるとともに、動画では触れきれなかった補足情報を掲載しています。動画を見てくださった方が、一次情報を確認したいときに使っていただければ幸いです。
そもそも、尾崎士郎ってどんな人?
尾崎士郎は、1898年(明治31年)2月5日、愛知県幡豆郡横須賀村宮前(現・西尾市吉良町)の商家「辰巳屋」に生まれた小説家。代表作は、都新聞(現・東京新聞)で1933年から1959年まで26年間にわたって連載された大河小説『人生劇場』です。主人公・青成瓢吉のモデルは尾崎自身、その父親のモデルは尾崎の実父・瓢太郎とされています。
早稲田大学政治経済科在学中、学長人事をめぐる「早稲田騒動」の指導者となって除籍処分を受け、その後は社会主義運動へ。1921年、時事新報の懸賞短編小説に『獄中より』で二等入選し、文壇デビューを果たします。このとき一等に入っていたのが、宇野千代の『脂粉の顔』でした。
翌1922年12月末、東京の中央公論社で二人は引き合わされ、恋に落ちます。1923年に馬込町(現・大田区)に居を構え、川端康成・萩原朔太郎・室生犀星ら錚々たる作家たちが集う「馬込文士村」の中心人物となりました。
しかし、1927年夏に伊豆・湯ヶ島で梶井基次郎と千代の「噂」が立ち、パーティー席上で尾崎が梶井の顔に火のついた煙草を押しつける事件が発生。尾崎自身にも別の女性関係があり、1930年、7年間の結婚生活は終わります。
1933年から連載開始の『人生劇場』は大ベストセラーとなり、1937年には川端康成『雪国』とともに第3回文芸懇話会賞を受賞。戦時中は日本文学報国会の常務理事として戦争に協力し、戦後1948年に公職追放、1950年に解除されて文壇復帰。1964年2月19日、東京・大田区山王の自宅で永眠、享年66歳。弔辞を読んだのは、かつて湯ヶ島に尾崎夫妻を招いた川端康成でした。
宇野千代は晩年、瀬戸内寂聴との対談で「一番好きだったのは、尾崎です」と答えたと伝えられています。尾崎の側も「作家生活に基礎的な土台をつくりあげてくれ、文学眼を開かせてくれたのは、宇野千代女史であった」と書き残しました。
動画で触れなかった補足情報
「一等の女と、二等の男」の出会いには、実は時系列の謎がある
宇野千代自身は自伝『生きて行く私』で「1922年4月に上京し、そのまま中央公論社で尾崎士郎に紹介された」と書いています。ところが、尾崎士郎は1922年3月〜5月まで上海に滞在していたため、この日程では二人は会えなかったはずなのです。
馬込文士村関連の資料によれば、実際の出会いは1922年12月末頃とされ、千代は4月以降も何度か中央公論社に出向いていた中でのタイミングだったと考えられています。「上京したその日に出会って駆け落ち」というのは、千代自身が後年に少し脚色した記憶である可能性が指摘されています。
「結婚年」が資料によって1923/1924/1926とバラバラな理由
尾崎と千代の「結婚年」は、資料によって表記が分かれます。これは以下の三段階を経ているためです。
- 1923年(大正12年)5月:馬込町で同棲開始
- 1924年(大正13年)4月:千代と前夫・藤村忠の協議離婚が成立
- 1926年(大正15年)2月:尾崎士郎と正式に入籍
当時は「姦通罪」があり、既婚女性の千代と尾崎の同棲は本来なら刑事罰の対象。1923年9月の関東大震災で世間の目がそれたことも、二人が罪に問われずに済んだ一因と指摘されています。
離婚後の尾崎士郎――再婚と長男
1930年に千代と離婚した同年12月、尾崎は古賀清子と再婚。長男・俵士(たわらし)が生まれています。清子との関係は1928年頃から始まっていたとされ、これも千代との破局の一因となりました。
尾崎士郎記念館は「2つ」ある
尾崎士郎ゆかりの記念館は、生誕地と晩年の居宅にそれぞれ設けられています。
- 西尾市尾崎士郎記念館(愛知県西尾市):遺品・原稿・『人生劇場』挿絵原画など約4,000点を所蔵。東京の旧宅から書斎が移築されている
- 大田区立尾﨑士郎記念館(東京都大田区山王):尾崎が1954年頃から亡くなる1964年まで暮らした旧宅を公開
梶井基次郎「噂」の真偽
伊豆・湯ヶ島での千代と梶井の関係については、証言が分かれています。
- 千代自身:後年、瀬戸内寂聴に問われて「なにもないです。わたし、面食いですから」と否定
- 梶井の親友・中谷孝雄:「梶井の生涯に於けるそれが唯一度の厳粛な恋愛だったと信じて疑はない」と記述
本当のところは、もう分かりません。ドラマ『ブラッサム』では梶井をモデルにした「梶矢基一郎(かじや・きいちろう)」役を佐藤緋美さんが演じるとされており、この関係がどう描かれるかも注目です。
参考資料・出典URL一覧
NHK『ブラッサム』公式・キャスト発表関連
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| NHK公式『ブラッサム』|文士・西尾一路役に染谷将太さん | 西尾一路のモデルが尾崎士郎であるとの公式発表・制作統括コメント |
| NHK公式『ブラッサム』番組トップ | ドラマ全体の公式情報 |
| ステラネット|朝ドラ「ブラッサム」新キャストに染谷将太 | 制作統括・村山峻平コメント原文(NHK系媒体) |
| ナタリー|染谷将太、石橋静河主演の朝ドラ「ブラッサム」に参加 | 村山峻平コメント/役柄説明 |
| オリコン|染谷将太、朝ドラ『ブラッサム』出演決定 | 村山峻平コメント/モデル比定 |
| ブラッサム – Wikipedia | ドラマ基本情報 |
尾崎士郎・人物基本情報
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| 尾崎士郎 – Wikipedia | 生没年/早稲田騒動/人生劇場/文学報国会/公職追放/死去 |
| 尾崎士郎|近代日本人の肖像(国立国会図書館) | 生没年・文壇デビュー・『人生劇場』・戦後の活動 |
| 西尾市尾崎士郎記念館|西尾市公式ウェブサイト | 記念館の展示内容・結婚歴・展示品 |
| 大田区立尾﨑士郎記念館|大田区文化振興協会 | 尾崎士郎の旧宅・馬込時代の生活・晩年の活動 |
| 馬込文士村公式サイト | 馬込文士村の詳細・文士たちの交流 |
『人生劇場』・受賞歴関連
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| 人生劇場 – Wikipedia | 『人生劇場』の詳細・映画化・受賞歴 |
| 人生劇場(1936年の映画) – Wikipedia | 内田吐夢監督による映画化の詳細 |
| 文芸懇話会賞 受賞作・候補作一覧(Prizes World) | 第3回(1936年度)尾崎士郎『人生劇場』受賞の確認 |
| 尾崎士郎 選考委員歴(Prizes World) | 尾崎が菊池寛賞戦前期の”選考委員”を務めたことの確認 |
売文社・早稲田騒動・社会主義運動関連
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| 売文社 – Wikipedia | 堺利彦が「社会主義冬の時代」に設立した代筆業団体の詳細 |
| 早稲田騒動 – Wikipedia | 1917年の早稲田大学学長人事をめぐる紛争 |
| 日本文学報国会 – Wikipedia | 戦時中の活動・文学報国会の詳細 |
宇野千代との関係・馬込文士村関連
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| 宇野千代生家(NPO)公式サイト | 年譜/馬込文士村/尾崎との破局の背景 |
| 宇野千代生家(湯ヶ島・梶井基次郎) | 梶井基次郎との関係の詳細記述 |
| 山口県観光サイト|宇野千代特集 | 尾崎との出会い・離婚後の相互評価 |
| 山手ジャーナル|勝手に書いて行く私5〜尾崎士郎その1〜 | 1922年12月末の出会い・上海滞在時期・同棲→離婚→入籍の三段階 |
| 山手ジャーナル|馬込文士村 空想演劇祭 | 馬込文士村関連の各種記事 |
「一番好きだったのは尾崎です」の出典関連
| タイトル | 内容 |
|---|---|
| 文藝春秋PLUS|下重暁子「男はいけにえ」 | 瀬戸内寂聴×宇野千代対談のエピソード原文(下重暁子執筆、文藝春秋2022年2月号) |
参考書籍
尾崎士郎および宇野千代について、さらに詳しく知りたい方向けの書籍です。
【尾崎士郎の代表作】
【宇野千代の自伝的作品】
【瀬戸内寂聴による宇野千代エピソード】
【宇野千代関連書籍】



当サイトでは、話題の好きなドラマ情報をお届けします。
原作(小説・漫画・アニメ)のあらすじ・ネタバレ感想、ドラマのあらすじ・ネタバレ感想、原作との違い、原作書籍や配信先を紹介します。
推理小説好きなので、ミステリー要素がある作品が多くなるかも?気になる作品をピックアップしていきます。
他にもタイドラマのサイトを運営しているので、興味のある方は下記のサイトマークから覗いてみてください♡