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武士はなぜ頭を剃っていた?月代・総髪・ちょんまげの違いを解説【出典・参考資料まとめ】

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この記事は、YouTube動画「【豊臣兄弟】なぜ信長は剃ってない?大河ドラマの武将の髪型が違う理由|月代・総髪・ちょんまげ」の補足記事です。

動画では時間の都合上お伝えしきれなかった出典情報や参考資料を、こちらにまとめました。 「もっと詳しく知りたい」「引用元を確認したい」という方はぜひご活用ください。

(※動画の埋め込みを配置)

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動画の内容(かんたんまとめ)

大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見ていると、武将によって「頭を剃っている人」と「剃っていない人」がいます。この違いはなぜ?──動画では、以下のポイントを解説しました。

テーマポイント
月代(さかやき)とは前頭部〜頭頂部を剃った(または抜いた)部分のこと。兜の蒸れ防止が起源とされる
総髪(そうはつ)とは月代を剃らず、全ての髪を後ろに束ねた髪型。神官・医者・学者・浪人などが結った
「ちょんまげ」とは本来は老人の小さな髷を指す俗称。現代では月代+髷の総称として使われている
なぜ剃るのか兜をかぶったとき頭が蒸れて「のぼせ」ないようにするため(伊勢貞丈『貞丈雑記』)
なぜ剃らない人がいるのか戦わない職業の人(医者・学者・神官など)は思想的理由で、浪人は経済的理由で剃らなかった
戦国→江戸で何が変わった戦国は実用目的・毛抜きで処理。江戸は社会的マナーとなり剃刀で処理。身分で髷の種類も変化
ドラマでの信長の髪型教科書で有名な長興寺蔵の信長肖像画は大月代二つ折だが、ドラマでは総髪で描かれることもある
いつまで続いた?明治4年(1871年)の散髪脱刀令で衰退
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この動画で使用した出典・参考資料

ここからは、動画を作成するにあたり参考にした資料を、テーマごとに整理して掲載します。

月代(さかやき)の定義・起源

月代とは何か、なぜ始まったのかを確認した資料です。

  • Wikipedia「さかやき」 
    月代(さかやき)の定義、語源(「さかいき」の転訛とする伊勢貞丈説)、平安時代末期の『玉葉』における記録(安元2年・1176年)、戦国時代に日常化した経緯、江戸時代の風俗としての定着などを網羅的にまとめたページです。動画の用語定義の主要出典です。
  • 和樂web「月代(さかやき)とは」 
    「平安時代の貴族や武士が冠や烏帽子をかぶるときに額を半月状に剃って……やがて武士が兜をかぶるときに頭が蒸れないようにする目的で、兜の通気口に合わせて頭頂部を剃るようになる」という記述の出典です。天正年間(1573〜92年)までは毛抜きで髪を抜いていたとする記述もあります。
  • 國學院大學「ちょんまげはなぜあのような形をしているのですか?」
     根岸茂夫教授(日本近世史)による解説。冠の下に髪を収めるために髻を結んだのが髷の原型であること、中世に武士が兜のために髷を解き月代を作った経緯、近世に月代が一般庶民にも広がった流れを説明しています。
  • ポーラ文化研究所「男たちのこだわり」第一章 日本の髪型 
    古代の美豆良(みずら)から江戸時代後期の「たばね」まで、日本の男性の髪型の変遷を実物レプリカの写真付きで紹介するデジタルミュージアムです。「大月代」の項目では「武将は戦場に向かう際、兜を被りましたが、その時、蒸れて頭がのぼせないよう前頭部の髪を剃ったのが月代の始めとされています」と記載。また「大月代二つ折」の項目では「代表的なものとして、長興寺蔵の織田信長の肖像もこの髪型です」と記載されています。動画の髪型変遷パートの主要出典です。

総髪(そうはつ)の定義・なぜ剃らないのか

月代を剃らない人々がいた理由を確認した資料です。

  • Wikipedia「総髪」 
    総髪の定義(月代を剃らず前髪を後ろに撫で付けて結ぶ髪型)、室町時代までは一般的な男性の髪型であったこと、江戸前期からは神官・儒学者・医者の髪型となり、後期には武士にも流行したこと、経済的に余裕のない浪人も総髪であったことが記載されています。「神官や学者は戦闘にはかかわらないという思想上の観点から、この月代は剃らずにすべて(総て)の髪を残していた。これが『総髪』の語源」との記述があります。
  • ポーラ文化研究所「冠下一髻(平安時代〜室町時代)」 
    上記デジタルミュージアム内の項目。冠下一髻が「天皇や公家だけでなく、将軍に代表される極めて身分の高い武家から下級官吏、医師や学者まで幅広く結われるようになりました」と記載されており、総髪系の髪型が戦わない職業に広く使われていた背景を補足しています。

「ちょんまげ」の語源と本来の意味

「ちょんまげ」という言葉の正確な意味と語源を確認した資料です。

  • Wikipedia「丁髷」 
    「本来は本多髷(ほんだまげ)と言い、『ちょんまげ』は、えび折りにした髷がゝ(ちょん)に似ているところから生じた明治初期以降の俗称」との記述が出典です。また「正確には丁髷は髪の少ない老人などが結う髷を指し、結髪では少数派である。一般的に結われた髷は銀杏髷で、丁髷とは異なるもの」という注記があります。
  • コトバンク「丁髷」(精選版日本国語大辞典・世界大百科事典ほか) 
    「ちょんは小さい、少ないという意。髪が少ないため髷が小さいので丁髷と称した」と記載されています。
  • 漢字ペディア「ちょんまげ」 
    「由来:髷の形が踊り字の『ゝ』に似ていることから」と記載されています。

動画では、「ちょんまげ」の語源について主に2つの説を紹介しています。

  1. えび折りにした髷の形が踊り字の「ゝ(ちょん)」に似ているという説(Wikipedia・漢字ペディア)
  2. 老人の少なくなった髪で結った小さな髷(=ちょんな髷)を指すという説(コトバンク)

いずれにしても「ちょんまげ」は本来、老人の小さな髷を指す俗称であり、江戸時代の一般的な髷(銀杏髷など)とは異なるものでした。

戦国時代の月代処理(毛抜きから剃刀へ)

戦国時代の月代が毛抜き(木鑷=げっしき)で抜かれていたこと、やがて剃刀に移行した経緯を確認した資料です。

  • ポーラ文化研究所「中剃(安土・桃山時代)」 
    「当時、月代を作るのに『げつしき』という木製の毛抜で抜いていたのですが、やがて、剃刀で月代を剃るようになり、武士の月代は一般庶民の男性にも流行していきました」と記載されています。
    ※動画では、この「げつしき」を文献によっては「げっしき(木鑷)」とも読む旨を補足しました。
  • 和樂web「月代とは」 
    「小学館の『日本大百科全書』や平凡社の『世界大百科事典』によると、天正年間(1573〜92)までは『毛抜(けぬき)』という道具で髪を『抜いて』整えていた」との記述があります。
  • Yahoo!ニュース「戦国時代、月代の毛は一本一本抜いていた!」 
    宣教師ルイス・フロイスの記録として、武士が木製の毛抜きで髪を抜いていた様子が紹介されています。 ※フロイスの原文(ポルトガル語)そのものは動画制作時に直接参照していないため、動画内では「フロイスが記録したとされています」と表現しています。
  • [信長が剃刀使用を広めたとする伝承について] 
    一部の解説記事(bushoojapan.comなど)には「豊臣秀吉(または信長)の時代にカミソリで整えられるようになった」とする記述がありますが、一次史料での確証は確認できていません。動画では「信長が剃刀の使用を始めたという伝承がありますが、一次史料での確認はできていません」と注記しています。

江戸時代の髷の種類と身分による違い

江戸時代に身分や職業によって髷の種類が異なっていたことを確認した資料です。

散髪脱刀令と髷文化の終焉

明治以降、月代・髷がどのように終わりを迎えたかを確認した資料です。

  • Wikipedia「散髪脱刀令」 
    明治4年8月9日(1871年9月23日)に太政官によって公布。「散髪制服略服脱刀共可為勝手事」として髪型を自由にし、華族・士族が刀を差さなくても構わないとした法令であること(=髷の禁止ではなく自由化)が記載されています。明治6年(1873年)の明治天皇の断髪が転機となったこと、一方で島津忠義や榊原鍵吉のように生涯髷を切らなかった人物がいたことも記載されています。
  • Wikipedia「丁髷」(俗謡の項) 当時の俗謡として以下の3節が記載されています。
    1. 「ちょんまげ頭を叩いてみれば、因循姑息の音がする」
    2. 「総髪頭を叩いてみれば、王政復古の音がする」
    3. 「ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」
    出典はダイヤモンド・オンライン「文明開化でなにが強制されたのか?」(2017年2月15日)。
  • ポーラ文化研究所「文明開化と日本髪」 
    断髪令後の髪型の変化について。男性の散髪が進む一方、女性には明治5年に「女子断髪禁止令」が出されたことなどが解説されています。
  • 国立公文書館ニュース Vol.13「あの日の公文書」 
    散髪脱刀令の公文書について解説しています。
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動画で引用した一次資料(原典)

動画と上記の参考サイトが引用している一次資料(歴史上の書物・記録)の一覧です。原文の確認が必要な方はこちらを参照してください。

一次資料名成立年動画での使用箇所閲覧先
『貞丈雑記』伊勢貞丈江戸時代中期月代の語源「さかいき」説、兜の蒸れ防止が起源とする記述、戦が終われば総髪に戻ったとする記述Wikipedia「さかやき」経由で引用
『玉葉』九条兼実平安時代末期安元2年(1176年)7月8日の条に月代についての最古級の記録Wikipedia「さかやき」経由で引用
『太平記』南北朝時代(14世紀)鎌倉・室町時代にさかやきが行われていた記録Wikipedia「さかやき」経由で引用
ルイス・フロイス書簡・記録戦国時代(16世紀後半)武士が木製の毛抜きで月代の髪を抜いていた記録(※原文未確認。二次資料経由で引用)Yahoo!ニュース記事・和樂web経由で引用
『お江戸でござる』杉浦日向子監修2003年月代の剃り跡を蒼く見せる「青苔」の風習、江戸時代の髷の種類Wikipedia「さかやき」「丁髷」経由で引用
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もっと調べたい人のために

日本の男性の髪型の歴史をもっと詳しく知りたい方は、以下のサイトが参考になります。

ポーラ文化研究所「男たちのこだわり」シリーズ

動画の出典の多くはこのシリーズです。古代から近世までの男性の髪型を、実物レプリカの写真付きでわかりやすく解説しています。全ページ無料で閲覧できます。

國學院大學 Q&Aコーナー

「ちょんまげはなぜあのような形をしているのですか?」という質問に、日本近世史の専門家がわかりやすく回答しています。

和樂web

日本文化全般を扱うウェブメディア。月代の定義・語源・歴史を簡潔にまとめた記事があります。

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この記事の内容は2026年3月時点の情報に基づいています。 各出典の掲載内容は変更される場合がありますので、最新の情報は各公式サイトでご確認ください。

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