第21週「(サブタイトル未定)」(8月17日~):視聴率 –%
第21週の史実解説動画では、玉田多江が広島の陸軍病院に向かうシーンをきっかけに、1894年(明治27年)の日清戦争と、日本の職業看護婦が初めて戦場に立った歴史的転換点を解説しました。
日本赤十字社初代看護婦監督・高山盈(たかやま・みつ)と、大河ドラマ「八重の桜」のヒロイン・新島八重(にいじま・やえ)の二人が、同じ1894年、同じ広島陸軍予備病院で看護婦たちを率いていた史実、そして男爵夫人・宮川佳枝の看護から見える華族令(1884年)と派出看護「二本立て」経営のリアルについて紹介しました。
動画の補足・注記
新島八重が率いた看護婦の人数について
新島八重が広島陸軍予備病院で率いた篤志看護婦の人数については、資料によって記述に幅があります。同志社女子大学「学びのルーツ」では40人、同じく同志社女子大学「八重の看護談」では53人、偉人伝(aizue.net)では「20余名」と記載されており、動画内では幅を持たせて「20人から50人程度」と表現しました。
高山盈の叙勲等級について
高山盈が1896年(明治29年)に授与された勲章について、多くの資料は「勲七等宝冠章」としていますが、一部資料では「勲六等宝冠章」との記載も見られます。動画では国立公文書館および同志社系資料に準拠して「勲七等宝冠章」を採用しました。
新島八重の従軍終了日について
新島八重が広島陸軍予備病院を離れた正確な日付は資料により幅があり、動画では「1895年3月頃」と幅を持たせた表現にしました。着任日(1894年11月4日)については複数の資料で一致しています。
高山盈と新島八重の指揮系統について
高山盈は日本赤十字社の看護婦監督、新島八重は篤志看護婦人会京都支会の取締役と、それぞれ異なる組織から広島に派遣されています。両者の現場での指揮系統上の関係についての一次資料は確認できておらず、動画では並列で紹介しました。
玉田多江・宮川佳枝・遠藤平蔵のモデルについて
これらの登場人物については、NHK公式による発表がないため、動画内ではモデルの特定・考察は行っていません。多江が向かった「広島の陸軍病院」の史実的背景と、宮川佳枝という設定から読み解ける明治の華族制度・派出看護の構造を解説する形にとどめています。
参考文献(書籍)
朝ドラ「風、薫る」の原案。鈴木雅・大関和の生涯を通じて、明治の看護婦の実像を描く。
- 亀山美知子『近代日本看護史Ⅱ 戦争と看護』(ドメス出版)
─ 日清戦争における日赤看護婦の従軍活動と、篤志看護婦人会の役割 - 川口啓子・黒川章子『従軍看護婦と日本赤十字社―その歴史と従軍証言』(文理閣)
─ 日赤看護婦の従軍制度、広島陸軍予備病院への派遣の詳細 - 福本武久『新島八重──戦う「桜」』(角川学芸出版)
─ 新島八重の会津戦争から日清・日露戦争従軍までの生涯 - 早川喜代次『新島八重子 覚書』(同志社山脈刊行会)
─ 八重の1894年広島赴任と篤志看護婦人会での活動記録 - NHK出版『連続テレビ小説 風、薫る Part2』
─ 第21週のあらすじの公式出典
出典URL一覧
以下、動画内で参照した出典・参考資料をまとめています。
日清戦争と広島大本営(1894年)
多江が向かった「広島の陸軍病院」の背景となる、日清戦争の開戦と広島大本営の設置について確認した資料です。
- 日清戦争の救護活動(PDF) – 防衛省防衛研究所
─ 日清戦争時の日赤救護活動の詳細、看護婦690人・患者10万1,675人・派遣先陸軍予備病院一覧 - 広島陸軍予備病院 – レファレンス協同データベース(国立国会図書館)
─ 広島陸軍予備病院の位置(広島城の西側・広島博愛病院)と収容1,328人の記録
日本赤十字社と日清戦争の看護婦派遣
日本の職業看護婦が初めて戦場に派遣された、1894年の日赤の救護活動について確認した資料です。
- 歴史・沿革 – 日本赤十字社
─ 博愛社(1877年)から日本赤十字社(1887年)への発展、日赤看護婦養成開始(1890年)、日清戦争での派遣期間 - Webミュージアム 救護員 – 日本赤十字社
─ 日清戦争時の救護員総数延べ1,553人の記録 - 日赤初のボランティア組織【篤志看護婦人会 発起人名簿】 – 佐野常民記念館
─ 篤志看護婦人会の設立経緯、皇后(昭憲皇太后)300円寄付、明治19年赤十字病院設立 - 赤十字国際NEWS(PDF) – 日本赤十字社
─ 「日赤看護婦第1班の広島予備病院派遣が日本の職業看護婦の最初の従軍活動」の一次記述
高山盈(日赤初代看護婦監督)
日赤初代看護婦監督として広島に赴き、民間女性初の叙勲を受けた高山盈について確認した資料です。
- 日本赤十字社と看護婦 – 国立公文書館
─ 高山盈(1843-1903)の経歴、1894年日本赤十字社看護婦及生徒監督就任、広島での看護婦取締としての活動 - 従軍看護婦の叙勲―日清戦争② – 国立公文書館
─ 高山盈への勲七等宝冠章授与、民間女性初の叙勲の史実 - 知られざる日赤初代看護婦監督—埋もれていた高山盈の活躍 – 医書.jp
─ 高山盈の日清戦争での活躍、戦時救護での叙勲についての学術記事 - 川口啓子「従軍看護婦派遣への道程に関する研究ノート(1)」(PDF) – 島根県立大学
─ 日清戦争1894-95年の看護婦派遣、広島陸軍予備病院への派遣の学術的整理
新島八重──「八重の桜」ヒロインの広島従軍
大河ドラマ「八重の桜」のヒロイン・新島八重が、1894年11月に広島陸軍予備病院に赴任した史実について確認した資料です。
- 新島八重の年表 – 同志社大学
─ 新島八重の経歴と叙勲詳細(勲七等宝冠章と金70円、1896年12月25日授与) - 八重の看護談 – 同志社女子大学
─ 新島八重の日清戦争従軍詳細、派遣元(篤志看護婦人会京都支会)、副取締・高木ハル、53人説 - 学びのルーツ – 同志社女子大学
─ 新島八重が1894年広島陸軍予備病院で40人の取締役として篤志看護婦活動を行った記述 - 新島八重の略歴 – 偉人伝(aizue.net)
─ 従軍開始日1894年11月4日、20余名説 - 川口啓子「従軍看護婦派遣への道程に関する研究ノート(2)」(PDF) – 島根県立大学
─ 篤志看護婦人会の役割、日清戦争派遣先が内地であった経緯 - 大関ちか特設サイト – 女子学院
─ 大関和と日清戦争、新島八重の従軍、戦後のコレラ防疫活動
昭憲皇太后と広島訪問(1895年3月〜4月)
日清戦争中、明治天皇皇后(のちの昭憲皇太后)が広島陸軍予備病院を訪問された史実について確認した資料です。
- 昭憲皇太后さま – 明治神宮
─ 昭憲皇太后の広島陸軍病院訪問(1895年3月19日〜4月26日)、傷病兵への見舞いと和歌
大河ドラマ「八重の桜」アンコール放送(2026年)
新島八重を主人公とする2013年放送の大河ドラマが、2026年にNHK BSでアンコール放送されている情報を確認した資料です。
- 「八重の桜」 – NHKアーカイブス
─ 大河ドラマ「八重の桜」2013年放送、綾瀬はるか主演の作品情報 - 「八重の桜」アンコール放送 – NHK
─ 2026年NHK BSアンコール放送情報(毎週月曜午後6時)
華族令(1884年)と男爵制度
宮川佳枝の「男爵夫人」設定の背景となる、明治17年の華族令と五等爵制について確認した資料です。
- 華族令 – 国立公文書館
─ 華族令1884年7月7日制定の一次資料、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五等爵制 - 華族と士族 – 刀剣ワールド
─ 華族令と男爵制度、華族総数1898年時点4,551名の記述
日清戦争と看護婦の社会的認識の変化
看護婦が「卑しい仕事」から「国のために働く尊い仕事」へと認識が変わっていく転換点として、日清戦争を位置づける資料です。
- 大関和に学ぶ看護師誕生の歴史② – ERCA すこやかライフ
─ 日清戦争が看護婦の社会的認識を変えた転換点であったことの解説 - 従軍看護婦とは – しょうけい館
─ 日清・日露・第一次大戦の派遣は全て日赤看護婦であった経緯
朝ドラ「風、薫る」関連
確認できなかった点・不確かな点
- 新島八重が率いた看護婦の人数:
資料により20人・40人・53人と幅があり、動画では「20人から50人程度」と幅を持たせた表現を採用しました。 - 新島八重の従軍終了日:
正確な日付を示す一次資料は確認できておらず、動画では「1895年3月頃」としました。 - 高山盈の叙勲の正確な年月日:
「1896年(明治29年)」の年次は確認できていますが、正確な月日を示す一次資料は確認できませんでした。 - 高山盈と新島八重の指揮系統上の関係:
それぞれ日赤本部と篤志看護婦人会京都支会という別ルートから派遣されたことは確認できていますが、広島陸軍予備病院という同じ現場でどのような役割分担・関係にあったのかを示す一次資料は確認できませんでした。 - 玉田多江・宮川佳枝・遠藤平蔵のモデル:
NHK公式からの発表がないため、動画内ではモデル特定・考察には踏み込んでいません。玉田多江については、桜川里以がモデルでは?と以前の動画で紹介しています。
≫【風薫る一期生】桜川里以・広瀬梅・小池民・池田子尾のその後
第22週「(サブタイトル未定)」(8月24日~):視聴率 –%
第22週の史実解説動画では、日清戦争が開戦した1894年(明治27年)を舞台に、りん・直美のモデルである大関和・鈴木雅の1894年の動きと、鈴木雅の派出看護婦会を共に立ち上げた秋間為子(あきま・ためこ)という「もう一人の女性」を紹介しました。
さらに、多部未華子さん演じる大山捨松の本格登場に合わせて、日本赤十字社の父・佐野常民が1887年に大山捨松へ送った「篤志看護婦人会」への案内状というエピソードを取り上げ、最後に、日清戦争が「疾病の戦争」と呼ばれる理由――戦死者1,417人に対し病死者11,894人という数字――と、広島がコレラ流行の入口になった史実を解説しました。
動画の補足・注記
鈴木雅の「東京看護婦会」への改称時期について
鈴木雅が1891年に設立した「慈善看護婦会」が「東京看護婦会」に改称された正確な時期は、資料によって幅があります。1893年頃とする資料と、1896年頃とする資料があり、動画内では「1894年頃、日清戦争の頃には東京看護婦会の名前で活動していた」と幅を持たせた表現にしました。
大関和の1894年の所在について
ドラマのりんは東京・恵風看護婦会で活動していますが、史実の大関和は1894年時点ではまだ新潟の高田にいて、知命堂病院の看護長を務めながら、併設された産婆看護婦養成所の講師を兼任していました。大関和が新潟を離れて東京に戻り、鈴木雅の東京看護婦会付属講習所の講師に就任するのは1896年(明治29年)です。
後藤新平への直談判の時期について
大関和と鈴木雅が内務省衛生局長・後藤新平に看護婦の資格制度制定を直談判した経緯は、女子学院「大関ちか特設サイト」に「1894年、日清戦争開戦」の文脈で記されていますが、直談判が具体的に1894年に行われたのか、その後の数年間に行われたのかは、記述に幅があります。動画内では「1894年頃」と抑制的に表現しました。詳しい経緯と後藤新平の「3年待って」という返答については、第19週の動画および「柳生藤次のモデルは後藤新平か?」動画で解説しています。
秋間為子とドラマ登場人物の関係について
秋間為子(1861-1933)は、鈴木雅と共に派出看護婦会を立ち上げた同志の一人で、1894年7月の日清戦争開戦とともに篤志看護婦として広島で救護活動を行い、勲八等宝冠章を受章した実在の女性です。
ドラマ内では、直美と共に恵風看護婦会を立ち上げた「柳田しのぶ」との類似点が一部ありますが、しのぶは日本橋の呉服屋の四女・直美と同じ養成所出身という設定であるのに対し、秋間為子は日野の平山村名主の三女・帝国大学医科大学看護婦養成所一回生という経歴のため、動画本文ではモデル紐付けは行わず、あくまで「1894年に鈴木雅の周辺で広島に向かった実在の女性」として紹介しました。
大山捨松の日清戦争時の具体的活動について
大山捨松が1887年に篤志看護婦人会の発起人に名を連ね、日清戦争(1894年)で同会が本格的に動き始めたという大枠は、日本赤十字社の資料で確認できます。ただし、日清戦争時の捨松個人の具体的な活動内容(寄付金集め、貴族婦人委員会、包帯作り指導、看護婦動員支援など)については、日露戦争時ほど詳細な記録は残っていないため、動画内では大枠にとどめました。
玉田多江のモデルについて
玉田多江のモデルについては、桜川里以とする説が有力視されていますが、NHK公式からの発表はありません。動画内では、多江が広島陸軍病院で目撃した「負傷兵の手当てに苦慮する現場の惨状」の史実的背景として、日清戦争の病死者数と広島のコレラ流行を解説する形にとどめています。
参考文献(書籍)
- 亀山美知子『近代日本看護史Ⅱ 戦争と看護』(ドメス出版)
─ 日清戦争における日赤看護婦の従軍活動、篤志看護婦人会の役割 - 川口啓子・黒川章子『従軍看護婦と日本赤十字社―その歴史と従軍証言』(文理閣)
─ 篤志看護婦人会の発起経緯、日赤看護婦の従軍制度
- 久野明子『鹿鳴館の貴婦人 大山捨松――日本初の女子留学生』(中央公論社/中公文庫)
─ 大山捨松の生涯を扱った代表的な評伝。留学中の看護婦免状取得、篤志看護婦人会での活動を含む
- 山下麻衣『看護婦の歴史――寄り添う専門職の誕生』(吉川弘文館)
─ 派出看護婦会・慈善看護婦会・東京看護婦会の変遷、秋間為子ら草創期メンバーの記述
出典URL一覧
以下、動画内で参照した出典・参考資料をまとめています。
大関和・鈴木雅の1894年の活動
りん・直美のモデルである大関和と鈴木雅が、日清戦争開戦の1894年に何をしていたのかを確認した資料です。
- 大関ちか特設サイト – 女子学院
─ 大関和の年譜(1894年・36歳、知命堂病院産婆看護婦養成所講師兼任/1896年・東京看護婦会付属講習所講師就任)、後藤新平への規則制定依頼の経緯 - 2026春の観光情報 – 上越市公式
─ 大関和と新潟・高田(現・上越市)知命堂病院との関わりについての自治体公式情報 - 大関和に学ぶ看護師誕生の歴史① – ERCA すこやかライフ
─ 大関和と鈴木雅の東京看護婦会での協働、看護婦教育の体系化についての解説 - 山下麻衣「派出看護婦会の存続と転換」(PDF) – 同志社大学リポジトリ
─ 慈善看護婦会(1891年設立)→東京看護婦会への改称、鈴木雅の派出看護婦会に秋間為子・柘・井澤らが参加していた記述、秋間為子の日清戦争従軍と日赤特別社員任命の記述
秋間為子(あきま・ためこ)
1894年、鈴木雅と共に派出看護婦会を立ち上げた同志として、自ら広島へ従軍した秋間為子について確認した資料です。
- みんなのふるさとこぼれ話97 秋間為子と錦秋実用女学校(広報ひの 令和8年8月号掲載) – 日野市博物館
─ 秋間為子(1861-1933)の生涯、帝国大学医科大学看護婦養成所一回生、鈴木雅と派出看護婦会開設、日清戦争従軍・広島救護活動、勲八等宝冠章受章、日赤特別社員任命、錦秋実用女学校創設についての自治体公式資料
佐野常民と日本赤十字社篤志看護婦人会(1887年)
1887年、佐野常民が大山捨松に篤志看護婦人会への招請状を送った経緯を確認した資料です。
- 日赤初のボランティア組織【篤志看護婦人会 発起人名簿】 – 日本赤十字社 Webミュージアム(佐野常民記念館)
─ 佐野常民が大山捨松、鍋島榮子らへ案内状を送付した経緯、篤志看護婦人会発起人名簿、有栖川宮董子妃を発起人代表とする組織構成、佐野常民の人物像 - 歴史・沿革 – 日本赤十字社
─ 博愛社設立(1877年)、日本赤十字社への改称(1887年5月20日)、佐野常民の初代社長就任 - 佐野常民記念館
─ 佐野常民(1822-1902)の生涯、パリ万博(1867年)での赤十字理念との出会い、日本赤十字社創設までの経緯
大山捨松と篤志看護婦人会
会津藩家老の娘から岩倉使節団随行の女子留学生、そして篤志看護婦人会の発起人へと歩んだ大山捨松について確認した資料です。捨松の生涯全般については、既存の単独解説動画で扱っています。
- 大山捨松 – 国立国会図書館「近代日本人の肖像」
─ 大山捨松(1860-1919)の略歴、11年間のアメリカ留学、ヴァッサー大学卒業、留学中の看護婦免状取得についての公的資料 - 大山捨松 – 福島県男女共生センター
─ 会津出身の女性としての大山捨松の生涯、日本赤十字社篤志看護婦人会での活動についての公的資料 - 日本赤十字社と看護婦 – 国立公文書館
─ 明治期の日本赤十字社と女性看護婦の歴史、篤志看護婦人会の位置づけ
日清戦争「疾病の戦争」──戦死者よりも病死者が多かった
戦死者1,417人に対し病死者11,894人という、日清戦争の「疾病の戦争」としての実態を確認した資料です。
- 戦地の日本兵苦しめた病気(原田敬一・佛教大学名誉教授) – 京都新聞
─ 日清戦争の戦死者1,417人/病死者11,894人という具体的な数字と、その歴史的背景の解説 - 帝国日本の形成と日清・日露戦争における感染症問題(PDF) – 名古屋大学リポジトリ
─ 「日清戦争では日本の戦死者のうち約9割が病死者だった。それゆえ日清戦争は『疾病の戦争』と評価される」の学術的記述 - 近代以降の伝染病と広島の歴史 – 広島市公式
─ 日清戦争時の広島市内でのコレラ感染拡大、帰還兵による伝染病流入の史実
大河ドラマ「八重の桜」アンコール放送(2026年)
会津藩家老の娘・大山捨松と、会津で戦った新島八重――二人の会津出身の女性が日本赤十字の枠組みで再会する1894年を、あわせて楽しめる大河ドラマの情報です。
- 「八重の桜」 – NHKアーカイブス
─ 大河ドラマ「八重の桜」2013年放送、綾瀬はるか主演の作品情報 - 「八重の桜」アンコール放送 – NHK
─ 2026年NHK BSアンコール放送情報(毎週月曜午後6時)
朝ドラ「風、薫る」関連
確認できなかった点・不確かな点
- 鈴木雅の「慈善看護婦会」→「東京看護婦会」への改称の正確な時期:
資料により1893年頃/1896年頃と幅があり、動画内では「1894年頃」と抑制的に表現しました。 - 大関和・鈴木雅による後藤新平への直談判の正確な時期:
女子学院「大関ちか特設サイト」に1894年(日清戦争開戦)の文脈で記されていますが、直談判が具体的に何年に行われたかは資料により幅があり、動画では「1894年頃」としました。 - 大山捨松の日清戦争時(1894-95年)の具体的活動:
篤志看護婦人会が日清戦争を機に本格的に動き始めた大枠は確認できますが、捨松個人の具体的活動(寄付金集め、包帯作り指導、看護婦動員支援等)を裏付ける一次資料は日露戦争時ほど詳細ではなく、動画では大枠にとどめました。 - 秋間為子とドラマ登場人物「柳田しのぶ」の関係:
秋間為子は実在の史実上の人物であり、「柳田しのぶ」のモデルであるかについてNHK公式からの発表はありません。設定にも齟齬があるため、動画本文ではモデル紐付けを行わず、あくまで実在の女性として紹介しました。 - 玉田多江のモデル:
一部媒体で桜川里以とする説がありますが、NHK公式による発表はないため、動画内では特定・考察に踏み込んでいません。



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